国泰寺と厚岸神社

国泰寺とバラサン岬
 江戸時代後期、ロシアの南下や場所請負人制度の弊害など北辺の危機が叫ばれていました。そんな時代の中、箱館奉行の願い出により文化元年(1804年)、バラサン岬に設置が決定された蝦夷三官寺の一つが国泰寺です。バラサンとは、アイヌ語で『広い柵』という意味や、『野獣を捕る平落としという罠』のことでもあると言われており、この岬の岩層が平落としに似ていたため、厚岸の集落には魔物が近寄らなかったとの伝説もあります。現存する国泰寺の建物は、ほとんどが後代に改修されていますが、境内は江戸時代のたたずまいを伝えています。
同じくバラサン岬に、アイヌの人々の教化と蝦夷地の守護を願って寛政3年(1791年)に神明宮(厚岸神社の前身)が建立されました。その後、神明社、亀甲神社などと呼ばれ、明治8年(1875年)に厚岸の総鎮守として厚岸神社に改称されています。大正2年(1913年)に現在の場所へ移転し、昭和48年(1973年)に社殿が改築されました。
国泰寺は蝦夷地における特異な歴史的役割を果たした重要な寺として、裏手の愛冠や神明宮(厚岸神社の前身)の旧地を含む約13万平米が国の史跡に指定されています。

地図

このページの情報に関するお問い合わせ先
観光商工課 観光係TEL:0153-52-3131(代表)FAX:0153-52-3138(代表)
厚岸観光協会(役場内)TEL:0153-52-3131