厚岸町史

 平成8年から編集作業を進めている『新厚岸町史』は現在、通史編1巻、資料編1~4を発行しています。

・新厚岸町史 通史編 第1巻(古代~幕末) (平成24年発行)
・新厚岸町史 資料編1 日鑑記 上     (平成15年発行)
・新厚岸町史 資料編2 日鑑記 下     (平成21年発行)
・新厚岸町史 資料編3 自然・統計編    (平成19年発行)
・新厚岸町史 資料編4 諸記録       (平成28年発行)

通史編 第1巻

 『第1編厚岸地方の自然環境』『第2編厚岸の考古学』『第3編古代・中世から近世の厚岸地方』の3編で構成され、第1編では厚岸町の地質・地形・気候・気象のほか動植物等の自然環境が紹介されています。第2編では、厚岸町内の各遺跡等が詳しく紹介されているとともに、遺跡調査に基づく、厚岸町の古代の様子が描かれています。第3編では古代から幕末までの人々の暮らしが活写されています。本町史をひもとけば、厚岸町が豊かな自然の中での多種多様な海と山の恵みにより、明治の開拓の歴史以前から人々が定住し、道東の歴史と文化を今に伝える地であることを、あらためて感じることができるでしょう。

資料編1・2 日鑑記 上下

 国泰寺は、文化元年(1804年)徳川幕府が東蝦夷地の安定化のために、有珠の善光寺、様似の等じゅ院とともにいわゆる『蝦夷三官寺』の一つとして設置されました。国泰寺住職の受持場所は十勝から択捉までの広範囲な持場を巡回しました。資料編『日鑑記』は、国泰寺の歴代住職がつづった日誌『日鑑記』を原文のまま活字化したもので、東蝦夷地の歴史を明らかにするための重要な史料であり、『蝦夷三官寺国泰寺関係資料』として国の重要文化財にも指定されています。
 資料編1では、国泰寺が所蔵する文書のうち、初代住職文翁から5代文道までの記録を収録し、資料編2では、これに続く6代香国から9代晦厳までの記録と、関連する諸記録や往復文書を収録しています。
 さらに国泰寺の住職は、鎌倉五山(建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺)から交代で派遣されていたため、歴代住職を選出した鎌倉五山やその末寺にも関係資料が残されており、各寺院が所蔵する史料の中から代表的な『国泰寺関係資料』を収録しています。

資料編3 自然・統計編

 資料編3の自然・統計編は、自然、文化財、統計、沿革資料の4編で構成されており、第1編の自然では、地質や地形のほか、厚岸町内に生息する動植物が網羅されています。第2編の文化財では、指定文化財と埋蔵文化財について、第3編の統計では、現存する資料から明治5年の人口をはじめ、現在までの各種統計資料を編集しています。第4編の沿革資料は、明治43年ころに発行されたと思われる『厚岸町勢一班』(北海道大学附属図書館所蔵)を復刻資料としているほか、大正6年当時の『太田村沿革史』(北海道大学附属図書館所蔵)も復刻資料として掲載しています。

資料編4 諸記録

 資料編4の諸記録は、近世後期以降の厚岸町に関する重要資料を厳選し、収録しており、資料編を締めくくるものとなっています。主な収録資料と内容は次のとおりです。

『アッケシ場所関係資料』
 アッケシ御会所御用向丼諸用日記、長万部村平沢豊作日記などを載録、江戸時代後期のアッケシ場所の様子などが記録されています。

『異国船渡来関係資料』
 モロランアッケシ異国船一件写、アッケシ漂着異国人警固中来状などを載録、異国船が燃料補給や船体の故障などによりアッケシ沖に渡来した様子などが記録されています。

『近代厚岸関係資料』
 釧路国厚岸郡引渡書、橘梧堂日記などを載録、明治期の行政資料や国泰寺住職の日記などが記録されています。

『太田村関係資料』
 屯田兵志願書留、太田村誌などを載録、屯田兵の移住やその生活の様子、太田を二分割して厚岸町、標茶町に編入した際の行政文書などが記録されています。

『図録・人物伝』
 明治時代の公共施設や商店・工場などを鋼板画で描いた北海道立志図録(抄)と釧路地域の著名人を評伝する書物から厚岸関係者を拾い、採録した厚岸人物評伝が収録されています。

『厚岸発行新聞』
 厚岸で発行され、伝存している新聞を採録しています。

『厚岸関係新聞記事』
 厚岸町の歴史における重要事項を新聞記事で辿っています。

購入案内

 発行された新厚岸町史は、厚岸情報館や役場情報公開コーナーで読むことができますが、購入することもできます。
このページの情報に関するお問い合わせ先
まちづくり推進課 統計調査係TEL:0153-52-3131(代表)FAX:0153-52-3138(代表)